心筋症は、心臓の筋肉そのものに異常が生じることで、心臓が正常に機能しなくなる病気の総称です。高血圧や心臓弁膜症、冠動脈疾患といった明らかな原因がないにもかかわらず、心筋に病変が起こることが特徴です。心筋症には主に拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症の3つのタイプがあり、それぞれ異なる形で心臓の構造と機能に影響を及ぼします。
心筋症のタイプと特徴
心筋症は、心筋の変化の仕方によって大きく3つに分類されます。
拡張型心筋症は、左心室の拡張と収縮力の低下を特徴とする心筋症です。心臓の筋肉が薄く引き伸ばされ、心臓全体が風船のように拡大してしまいます。その結果、心臓が血液を効率的に送り出せなくなり、全身への血液供給が不足します。日本における心不全患者の約30%は心筋症によるものと推定されており、その多くが拡張型心筋症です。
肥大型心筋症は、心室中隔の非対称性肥大を伴う左室ないし右室、あるいは両者の肥大と定義され、左室拡張機能低下を呈します。心筋が異常に厚くなることで、心臓の内腔が狭くなり、血液が十分に満たされなくなります。少なくとも500人に1人の割合で発生すると考えられています。日本では心尖部(心臓の先端部)に肥大が限局する心尖部肥大型心筋症も比較的多く見られます。
拘束型心筋症は3つのタイプの中で最もまれな病型で、心筋が硬くなることで心臓が広がりにくくなる病気です。心臓の大きさや収縮力は正常に保たれていることが多いものの、心筋の柔軟性が失われるため、血液を受け入れる能力(拡張能)が著しく低下します。
心筋症の原因
心筋症の原因は多岐にわたり、遺伝的要因と後天的要因の両方が関与しています。
肥大型心筋症では、心筋収縮関連蛋白(β-ミオシン重鎖、トロポニンTまたはI、ミオシン結合蛋白Cなど約10種類の蛋白)の遺伝子異常が主な病因です。これらはサルコメア蛋白と呼ばれる心筋の収縮装置を構成する蛋白質で、約60%の方が御家族も同じ病気を持っており、そのうち約40~60%が心筋構成タンパクの変異によって発症すると言われています。
拡張型心筋症の原因は、肥大型心筋症と比べてより複雑です。サルコメア蛋白質、細胞骨格蛋白質、筋形質膜および核膜蛋白質の遺伝子の突然変異が拡張型心筋症の大きな原因であることが最新の研究で明らかにされています。2013年の時点で、本症症例のおよそ3割が遺伝子突然変異が原因であると推定されています。
遺伝的要因以外では、ウイルス感染による心筋炎が慢性化して心筋症に移行することがあります。コクサッキーウイルスやアデノウイルスなどが心筋に感染し、炎症が持続すると心筋の線維化が進み、拡張型心筋症の病態を呈することがあります。
また、アルコールの過剰摂取、抗がん剤などの薬物、自己免疫疾患、代謝異常(甲状腺機能異常など)も心筋症の原因となることがあります。しかし、多くの症例では明確な原因を特定できず、特発性心筋症として扱われます。
興味深いことに、同一遺伝子内の異なる変異は異なる病型を示します。たとえば、サルコメア蛋白の一つである心臓トロポニンI(TNNI3)の遺伝子変異は、肥大型心筋症、拡張型心筋症、拘束型心筋症の原因となります。
心筋症の症状
心筋症の症状は、心臓のポンプ機能が低下することで現れます。初期には無症状のことも多く、健康診断で偶然発見されることも少なくありません。
最も一般的な症状は息切れです。最初は階段を上るときや急いで歩いたときに感じる程度ですが、進行すると平地を歩いているときや、さらには安静時にも息苦しさを感じるようになります。横になると息苦しくなり、起き上がると楽になる起座呼吸や、夜間に突然息苦しくなって目が覚める発作性夜間呼吸困難も心不全の特徴的な症状です。
疲労感や全身倦怠感も重要な症状です。心臓から送り出される血液量が減少するため、全身の臓器への酸素供給が不足し、少しの活動でも疲れやすくなります。日常的な家事や仕事が困難になることもあります。
胸痛や胸部圧迫感は、特に肥大型心筋症でよく見られます。肥厚した心筋への血流が相対的に不足することで、狭心症に似た症状が現れます。運動時やストレス時に悪化することが多いです。
むくみ(浮腫)は、心臓のポンプ機能低下により体内に水分が貯留することで起こります。足首や下腿から始まり、重症になると腹部や全身に広がります。体重が急激に増加することもあります。
動悸や不整脈も心筋症の重要な症状です。心筋の異常により心臓の電気的活動が乱れやすくなり、脈が飛ぶ感じや、動悸を自覚することがあります。重篤な不整脈では、めまいや失神、最悪の場合は突然死に至ることもあります。
診断のための検査
心筋症の診断には、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
心エコー検査(心臓超音波検査)は、最も重要で基本的な検査です。超音波を使って心臓の動きをリアルタイムで観察でき、心筋の厚さ、心室の大きさ、収縮力、拡張能などを詳しく評価できます。肥大型心筋症では心筋の肥厚の程度や分布、拡張型心筋症では心室の拡大と収縮力の低下、拘束型心筋症では拡張障害の程度を確認できます。
心電図検査は、心臓の電気的活動を記録する検査です。心筋症では、左室肥大の所見、ST-T変化、不整脈などが見られます。心尖部肥大型心筋症では左側胸部誘導の巨大陰性T波が特徴的とされています。
心臓MRI検査は、心臓の詳細な構造評価が可能で、心エコーでは評価が難しい部位も観察できます。ガドリニウム造影剤を用いた遅延造影像では、心筋の線維化や瘢痕の有無と程度を評価でき、予後予測にも有用です。
血液検査では、心不全の程度を示すBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNP、心筋障害のマーカーであるトロポニンなどを測定します。また、二次性心筋症の鑑別のため、甲状腺機能、炎症マーカー、自己抗体なども調べます。
心臓カテーテル検査は、より詳しい血行動態の評価が必要な場合に行われます。心臓内の圧を直接測定し、冠動脈造影で虚血性心疾患との鑑別を行います。同時に心筋生検を行い、心筋組織を顕微鏡で観察することで、心筋細胞の錯綜配列といった肥大型心筋症に特徴的な所見が得られ、肥大をきたす他の疾患との鑑別にも有用です。
遺伝子検査は、家族歴がある場合や若年発症の場合に考慮されます。原因となる遺伝子変異を特定することで、家族のスクリーニングや、将来の治療方針の決定に役立つことがあります。
合併症とその対策
心筋症は進行すると、様々な合併症を引き起こす可能性があります。
心不全は最も頻度の高い合併症です。心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送れなくなることで、臓器不全に至ることもあります。適切な薬物療法と生活管理により、進行を遅らせることが可能です。
不整脈は、心筋の電気的活動の異常により生じます。心房細動という不整脈では、心房内に血栓ができやすくなり、脳梗塞のリスクが高まります。心室頻拍や心室細動といった致命的な不整脈は、突然死の原因となるため、リスクの高い患者には植込み型除細動器(ICD)の適応が検討されます。
血栓塞栓症は、心臓内の血流が停滞することで血栓が形成され、それが血流に乗って脳や他の臓器に飛ぶことで起こります。特に心房細動を合併している場合や、心機能が著しく低下している場合はリスクが高く、抗凝固薬による予防が必要です。
心臓弁膜症は、心筋症の進行に伴って二次的に生じることがあります。心室の拡大により僧帽弁や三尖弁の閉鎖不全が起こり、心不全症状を悪化させることがあります。
心筋症の治療
心筋症の治療は、症状の緩和、心機能の改善、合併症の予防、予後の改善を目的として行われます。
薬物療法が治療の基本となります。β遮断薬は心拍数を減らし、心臓の負担を軽減します。特に肥大型心筋症では、心筋の過剰な収縮を抑制する効果もあります。ACE阻害薬やARB(アンギオテンシン受容体拮抗薬)は、血管を拡張させて心臓の負担を減らし、心筋の保護作用もあります。利尿薬は体内の余分な水分を除去し、むくみや息切れを改善します。
重症不整脈のリスクが高い患者には、植込み型除細動器(ICD)が適応となります。ICDは致命的な不整脈を検知して自動的に電気ショックを与え、正常なリズムに戻す装置です。心臓再同期療法(CRT)は、左右の心室の収縮タイミングのずれを改善し、心機能を改善させる治療法です。
肥大型心筋症で左室流出路狭窄が高度な場合、外科的に肥厚した心筋を切除する心筋切除術や、カテーテルを用いて心筋にアルコールを注入し、肥厚部分を縮小させる経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)が行われることがあります。
最重症例では、心臓移植が唯一の根治的治療となることがあります。拡張型心筋症は心臓移植を受ける原因として最も多い疾患になります。移植までの橋渡しとして、補助人工心臓を装着することもあります。
生活習慣の改善も重要な治療の一環です。塩分制限(1日6g以下)、水分制限、適度な運動、体重管理、禁煙、節酒などが推奨されます。ただし、肥大型心筋症では激しい運動は避ける必要があり、個々の病状に応じた運動処方が必要です。
日常生活での注意点と予防
心筋症と診断されたら、日常生活での自己管理が非常に重要になります。
定期的な受診と検査を欠かさないことが大切です。症状がなくても、心機能の変化を早期に発見し、治療を調整する必要があります。処方された薬は、自己判断で中断せず、医師の指示通りに服用を続けることが重要です。
食事では塩分制限が基本となります。塩分の摂りすぎは体内に水分を貯留させ、心臓の負担を増やします。新鮮な食材を使い、だしや香辛料、酸味を活用して、薄味でもおいしく食べられる工夫をしましょう。
運動については、主治医と相談して適切な運動強度を決める必要があります。一般的には、ウォーキングや軽いサイクリングなどの有酸素運動が推奨されますが、肥大型心筋症では競技スポーツや激しい運動は避けるべきです。突然死のリスクがあるためです。
体重管理も重要です。毎日同じ時間に体重を測定し、急激な増加(2~3日で2kg以上)があれば、心不全の悪化の可能性があるため、早めに受診しましょう。
感染症の予防も大切です。風邪やインフルエンザは心不全を悪化させる引き金となることがあります。予防接種を受け、手洗いやうがいを励行しましょう。
家族歴がある場合は、血縁者も定期的な検査を受けることが推奨されます。肥大型心筋症では約60%の方が御家族も同じ病気を持っており、早期発見により適切な管理が可能となります。
よくある質問への回答
心筋症の中でも特に肥大型心筋症は遺伝性が強く、約60%で家族歴があります。拡張型心筋症でも20~40%で家族内発症が見られます。ただし、遺伝子変異があっても必ず発症するわけではなく、浸透率は様々です。家族に心筋症の方がいる場合は、定期的な検査を受けることをお勧めします。
まず、処方された薬を確実に服用し、定期的な受診を欠かさないことが重要です。日常生活では、塩分制限、適度な運動、体重管理、禁煙・節酒を心がけてください。ストレス管理も大切です。ただし、病型や重症度により注意点が異なるため、主治医と相談しながら個別の生活指導を受けることが必要です。
残念ながら、心筋症は基本的に進行性の病気であり、完治は困難です。しかし、適切な治療により症状をコントロールし、進行を遅らせることは可能です。早期発見・早期治療により、良好な生活の質を維持している患者さんも多くいます。
適度な運動は心臓リハビリテーションとして有効ですが、病型や重症度により推奨される運動強度が異なります。拡張型心筋症では軽い有酸素運動が推奨されますが、肥大型心筋症では激しい運動や競技スポーツは避けるべきです。必ず主治医と相談して、個別の運動処方を受けてください。
予後は病型、重症度、治療への反応性により大きく異なります。肥大型心筋症の予後はさほど悪いわけではなく年間死亡率は0.5~1.5%とされています。一方、拡張型心筋症で心不全を発症した場合の予後は比較的不良ですが、近年の治療の進歩により改善傾向にあります。定期的な管理と適切な治療により、多くの患者さんが日常生活を送ることができています。

仁川診療所
院長 横山 亮
(よこやま りょう)