帯状疱疹とは
「体の片側に帯のような痛みと発疹が出る」それが帯状疱疹(たいじょうほうしん)です。多くの方は子どもの頃に水ぼうそうにかかった経験があると思いますが、実はその時のウイルスが体の中でじっと潜んでいて、何十年も経ってから再び暴れ出すのがこの病気です。
水痘・帯状疱疹ウイルスは、水ぼうそうが治った後も完全に体から消えることはありません。神経節という神経の中継地点に潜伏し、私たちの免疫力が低下したタイミングを狙って再活性化します。そして神経に沿って皮膚に向かって増殖し、特徴的な帯状の症状を引き起こすのです。
帯状疱疹は50歳以上の方に多く見られますが、若い方でも強いストレスや過労が続くと発症することがあります。日本では年間約60万人が発症すると推定されており、80歳までに約3人に1人がかかるといわれています。決して珍しい病気ではありません。
なぜ帯状疱疹になるのか
帯状疱疹の直接的な原因は水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化ですが、なぜ長年おとなしくしていたウイルスが突然活動を始めるのでしょうか。その鍵は私たちの免疫力にあります。
加齢は最も重要な要因です。年齢とともに免疫力は自然に低下し、特に50歳を過ぎると帯状疱疹の発症率が急激に上昇します。これは加齢により、ウイルスを抑え込む力が弱くなるためです。
ストレスも大きな引き金となります。仕事や家庭の悩み、人間関係のトラブルなど、精神的なストレスが続くと免疫機能が低下します。また、過労や睡眠不足といった身体的ストレスも同様に、体の防御力を弱めてしまいます。
基礎疾患を持つ方も注意が必要です。糖尿病、がん、膠原病などの病気や、抗がん剤、免疫抑制剤などの薬を使用している方は、免疫力が低下しやすく、帯状疱疹のリスクが高まります。また、大きな手術や怪我の後、風邪やインフルエンザにかかった後なども、一時的に免疫力が低下するため発症しやすくなります。
帯状疱疹の症状の経過
帯状疱疹の症状は段階的に進行し、それぞれの時期で特徴的な症状が現れます。最初に現れるのは皮膚の痛みです。「ピリピリする」「チクチクする」「焼けるような感じ」など、人によって表現はさまざまですが、皮膚の奥から痛みが生じます。この時点ではまだ皮膚に変化は見られないため、筋肉痛や神経痛と勘違いすることもあります。
痛みが始まって数日後、痛みを感じていた部位に赤い発疹が現れます。発疹は体の片側だけに、神経の走行に沿って帯状に広がるのが特徴です。胸や背中、顔面、腕、脚など、どこにでも現れる可能性がありますが、必ず体の左右どちらか一方だけに出現します。
発疹が現れて1~2日すると、赤い発疹の上に小さな水ぶくれ(水疱)ができます。水ぶくれは透明で、中にウイルスを含んだ液体が入っています。この時期が最も感染力が強く、水ぼうそうにかかったことのない人にうつす可能性があります。
その後、水ぶくれは次第に濁り、1週間ほどで破れてかさぶたになります。かさぶたは2~3週間で自然に剥がれ落ち、皮膚は元に戻っていきます。しかし、神経の損傷が強い場合は、皮膚が治った後も痛みだけが残ることがあります。これが帯状疱疹後神経痛です。
全身症状として、微熱、頭痛、倦怠感、食欲不振などを伴うこともあります。特に高齢者や免疫力が低下している方では、これらの症状が強く出る傾向があります。
帯状疱疹の診断と検査
帯状疱疹の診断は、特徴的な症状から比較的容易に行えます。体の片側だけに帯状に現れる痛みを伴う発疹は、帯状疱疹を強く示唆します。医師は問診で症状の経過を詳しく聞き、視診で発疹の分布や性状を確認します。
多くの場合、臨床症状だけで診断可能ですが、診断が難しい場合や非典型的な症状の場合は、追加の検査を行うことがあります。水疱内容物を採取してウイルスを直接検出する方法や、血液検査でウイルスに対する抗体価を測定する方法があります。
最近では、PCR検査によってウイルスのDNAを検出する方法も行われています。これは最も感度が高い検査ですが、すべての医療機関で実施できるわけではありません。
早期診断が重要な理由は、抗ウイルス薬の効果が発症早期ほど高いからです。発疹が出てから72時間以内に治療を開始することで、症状の重症化を防ぎ、帯状疱疹後神経痛のリスクを減らすことができます。
帯状疱疹の治療
帯状疱疹の治療の基本は抗ウイルス薬です。アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビルなどの薬が使用されます。これらの薬はウイルスの増殖を抑制し、症状の期間を短縮し、重症化を防ぎます。重要なのは、できるだけ早く、理想的には発疹が出てから72時間以内に服用を開始することです。
痛みの管理も治療の重要な要素です。初期の痛みには、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの一般的な鎮痛薬が使用されます。しかし、神経痛が強い場合は、これらの薬では効果が不十分なことがあります。その場合は、神経痛に特化した薬(プレガバリン、ガバペンチンなど)や、時には医療用麻薬が必要になることもあります。
炎症が強い場合や、神経痛のリスクが高い患者さんには、ステロイド薬を併用することがあります。ステロイドは炎症を抑え、神経の損傷を軽減する効果が期待できます。ただし、免疫力をさらに低下させる可能性があるため、使用には慎重な判断が必要です。
皮膚のケアも忘れてはいけません。水疱が破れた部位は細菌感染を起こしやすいため、清潔に保つことが大切です。必要に応じて抗生物質の軟膏を使用することもあります。
入院治療が必要になることもあります。顔面の帯状疱疹で眼の合併症が心配される場合、全身に広がった重症例、免疫力が著しく低下している患者さんなどは、点滴による抗ウイルス薬投与や、より密な観察が必要になります。
帯状疱疹後神経痛について
帯状疱疹の最も厄介な合併症が帯状疱疹後神経痛(PHN)です。皮膚の症状が治った後も、神経の痛みだけが残る状態で、患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させます。
帯状疱疹後神経痛は、ウイルスによって神経が傷つけられることで起こります。痛みの性質は「焼けるような」「電気が走るような」「針で刺されるような」など多様で、軽い接触でも激痛が走ることがあります(アロディニア)。衣服が触れるだけで痛い、風が当たっても痛いという状態になることもあります。
高齢者ほど帯状疱疹後神経痛になりやすく、60歳以上では約20%、80歳以上では約30%の方が発症するといわれています。また、初期の痛みが強かった方、発疹が広範囲だった方、治療開始が遅れた方もリスクが高くなります。
帯状疱疹後神経痛の治療は困難なことが多く、さまざまな治療法を組み合わせて行います。神経痛に特化した内服薬、神経ブロック、理学療法、心理療法などが用いられます。完全に痛みを取り除くことは難しいですが、適切な治療により、多くの方で痛みをコントロールできるようになってきています。
日常生活での注意点
帯状疱疹と診断されたら、まず十分な休養を取ることが大切です。無理をすると症状が悪化し、回復が遅れる可能性があります。仕事や家事は最小限にとどめ、体力の回復に努めましょう。
患部のケアも重要です。水疱は破らないように注意し、もし破れた場合は清潔なガーゼで覆います。かゆみがあってもかきむしらないようにし、冷やすことで症状を和らげることができます。入浴は可能ですが、患部をこすらないよう優しく洗い、清潔なタオルで軽く押さえるように拭きます。
感染予防の観点から、水疱がある間は特に注意が必要です。水疱の中の液体にはウイルスが含まれており、水ぼうそうにかかったことのない人や、免疫力が低下している人にうつす可能性があります。妊婦さんや新生児、高齢者との接触は避け、タオルの共用もしないようにしましょう。
栄養面では、免疫力を高める食事を心がけます。ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンEなどは神経の修復や免疫機能の維持に役立ちます。バランスの良い食事を基本とし、十分な水分摂取も忘れずに行いましょう。
精神的なケアも大切です。帯状疱疹は痛みが強く、見た目も気になるため、精神的なストレスを感じやすい病気です。家族や友人の理解とサポートを得ながら、前向きに治療に取り組むことが回復への近道となります。
帯状疱疹の予防
帯状疱疹を完全に予防することは困難ですが、リスクを下げる方法はあります。最も基本的なのは、日頃から免疫力を維持することです。規則正しい生活、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理などが重要です。
帯状疱疹ワクチンは、最も効果的な予防法です。50歳以上の方を対象に、2種類のワクチンが使用可能です。生ワクチンは1回接種で、発症を約50%、帯状疱疹後神経痛を約67%減少させます。不活化ワクチン(シングリックス)は2回接種が必要ですが、より高い予防効果(発症を約90%以上減少)が期待できます。
ワクチン接種を検討すべき方は、50歳以上のすべての方、特に糖尿病などの基礎疾患がある方、ストレスの多い生活を送っている方、過去に帯状疱疹にかかったことがある方などです。ワクチンの効果は永続的ではないため、定期的な追加接種が必要になることもあります。
日常生活での感染予防も大切です。手洗いの励行、十分な栄養と休養、適度な運動などにより、一般的な感染症を予防することで、間接的に帯状疱疹のリスクも下げることができます。
帯状疱疹についてよくある質問
帯状疱疹そのものが他人にうつることはありません。しかし、水疱の中にはウイルスが含まれており、水ぼうそうにかかったことがない人が接触すると、水ぼうそうを発症する可能性があります。特に妊婦さん、新生児、免疫力が低下している方への接触は避けるべきです。水疱がかさぶたになれば、感染力はなくなります。
帯状疱疹は基本的に一生に一度の病気とされていますが、約3~5%の方で再発することがあります。特に高齢者や免疫力が低下している方では再発率が高くなります。再発を防ぐためにも、日頃から免疫力を維持することが大切です。また、一度帯状疱疹にかかった方でも、ワクチン接種により再発リスクを下げることができます。
帯状疱疹後神経痛の持続期間は個人差が大きく、数ヶ月で改善する方もいれば、数年以上続く方もいます。一般的に、高齢者ほど長期化しやすい傾向があります。早期の適切な治療により、神経痛の発症リスクを減らし、もし発症しても症状を軽減することができます。痛みが続く場合は、ペインクリニックなど専門的な治療を受けることをお勧めします。
帯状疱疹ワクチンは基本的に50歳以上の方が対象です。生ワクチンは免疫力が著しく低下している方には接種できませんが、不活化ワクチンは免疫抑制状態の方でも接種可能です。接種前に医師と相談し、自分に適したワクチンを選択することが重要です。費用は自己負担となりますが、一部の自治体では助成制度があります。
抗ウイルス薬の投与期間は通常7日間です。皮膚症状は2~3週間で改善しますが、痛みが残る場合はさらに長期の治療が必要になることがあります。重要なのは、症状が改善しても処方された薬は最後まで服用することです。自己判断で中断すると、ウイルスが再び増殖し、症状が悪化する可能性があります。
まとめ
帯状疱疹は、子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルスが、体の中で何十年も潜伏した後、免疫力の低下をきっかけに再活性化して起こる病気です。体の片側に帯状に現れる痛みを伴う発疹が特徴で、適切な治療を受けないと、つらい神経痛が長期間残ることがあります。
早期診断・早期治療が何より重要です。「ピリピリした痛み」「体の片側だけの発疹」といった症状が現れたら、できるだけ早く、理想的には72時間以内に医療機関を受診しましょう。抗ウイルス薬による治療で、症状の重症化を防ぎ、帯状疱疹後神経痛のリスクを大幅に減らすことができます。
予防も大切です。日頃から規則正しい生活を心がけ、免疫力を維持することが基本となります。50歳以上の方は、ワクチン接種を検討することをお勧めします。特に不活化ワクチンは高い予防効果が期待でき、帯状疱疹による苦痛を避けることができます。
帯状疱疹は決して珍しい病気ではありません。正しい知識を持ち、適切に対処することで、多くの方が問題なく回復しています。もし症状が現れたら、一人で悩まず、早めに医療機関を受診してください。

仁川診療所
副院長 横山 恵里奈
(よこやま えりな)