心筋梗塞は、心臓の筋肉(心筋)を養う冠動脈が突然詰まることで、心筋への血流が途絶え、心筋が壊死してしまう病気です。日本人の死因第2位を占める心疾患の中でも、特に緊急性が高く、迅速な対応が生死を分ける重大な疾患です。発症から治療開始までの時間が予後を大きく左右するため、症状を正しく理解し、早期に適切な医療を受けることが極めて重要です。
心筋梗塞が起こるメカニズム
心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を果たしており、1日に約10万回も拍動を繰り返しています。この心臓自体も酸素と栄養を必要としており、それを供給するのが心臓を取り巻く冠動脈です。
心筋梗塞の発症過程は、まず長年にわたって冠動脈の内壁にコレステロールなどが蓄積し、動脈硬化によるプラーク(粥腫)が形成されることから始まります。このプラークが何らかのきっかけで突然破れると、その部位に血栓(血の塊)が急速に形成され、冠動脈を完全に塞いでしまいます。血流が完全に遮断されると、その先の心筋は酸素不足に陥り、わずか20分程度で心筋細胞の壊死が始まります。
心筋梗塞は心電図の変化によって、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)と非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)に分類されます。STEMIは心電図でST上昇を伴う心筋梗塞で、冠動脈が完全に閉塞している状態です。一方、NSTEMIは不完全な閉塞や側副血行路からの血流がある状態で、いずれも緊急の治療が必要です。
心筋梗塞の原因とリスク要因
心筋梗塞の根本的な原因は冠動脈の動脈硬化ですが、その進行を促進する要因として以下のものが挙げられます。
動脈硬化は加齢とともに進行しますが、特に生活習慣病がある場合、その速度が著しく早まります。高血圧は血管壁に持続的な負担をかけ、動脈硬化を促進させます。血圧が高い状態が続くと、血管の内皮細胞が傷つきやすくなり、そこにコレステロールが沈着しやすくなるのです。
糖尿病も重要なリスク要因です。高血糖状態が続くと、血管の内皮細胞が障害を受け、動脈硬化が進行しやすくなります。糖尿病患者では、心筋梗塞のリスクが健常人の2~4倍高くなることが知られています。
喫煙は血管を収縮させ、血液を固まりやすくする作用があります。タバコに含まれる有害物質は血管内皮を直接傷害し、動脈硬化を著しく促進させます。喫煙者の心筋梗塞リスクは非喫煙者の約3倍といわれています。
高脂血症、特にLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の増加は、血管壁へのコレステロール沈着を促し、プラーク形成の直接的な原因となります。また、肥満、運動不足、過度のストレス、家族歴なども重要なリスク要因です。
心筋梗塞の症状
心筋梗塞の症状は突然現れることが多く、以下のような特徴があります。
最も典型的な症状は、胸の中央部に感じる強烈な痛みです。「胸が締め付けられる」「重い石を乗せられたような圧迫感」「焼けるような痛み」などと表現されることが多く、この痛みは安静にしても改善せず、通常30分以上持続します。痛みは胸だけでなく、左肩、左腕、首、あご、背中などに放散することがあります。
男性では冷や汗を伴う事が多く、女性は呼吸困難感や吐き気を催す事があります。激しい胸痛とともに冷や汗が噴き出すような場合は、心筋梗塞の可能性が高いと考えられます。
呼吸困難や息切れも重要な症状です。心臓のポンプ機能が低下することで、肺に血液がうっ滞し、息苦しさを感じます。時には胸痛よりも呼吸困難が前面に出ることもあります。
その他、めまい、意識がもうろうとする、動悸なども心筋梗塞の症状として現れることがあります。高齢の方や糖尿病があるとはっきりとした症状を示さない事があり注意が必要です。
診断のための検査
心筋梗塞が疑われる場合、迅速に以下の検査が行われます。
心電図検査は最も重要な検査で、受診から10分以内に施行すべきです。心電図により、ST上昇型か非ST上昇型かを判定し、緊急度や治療方針を決定します。ST上昇型では特徴的な心電図変化が見られ、直ちに再灌流療法の適応となります。
血液検査では、心筋が損傷を受けると血中に放出される心筋マーカーを測定します。血清CK-MB値は心筋梗塞発症から4~6時間で上昇し、12~24時間にピークを描き、2~3日後に正常化します。トロポニンTやトロポニンIは、より心筋特異性が高く、現在の診断の主流となっています。血中トロポニンT値は心筋梗塞発症3~4時間で上昇し12~18時間で最大値を示します。
冠動脈造影検査は、造影剤を使用して冠動脈の狭窄や閉塞部位を直接確認する検査で、治療方針の決定に不可欠です。多くの場合、診断と同時に治療(カテーテル治療)へ移行します。
心エコー検査では、心臓の動きをリアルタイムで観察し、心筋の損傷範囲や心臓のポンプ機能を評価します。合併症の有無も確認できる重要な検査です。
心筋梗塞の治療
心筋梗塞の治療において最も重要なのは、「Time is muscle(時は心筋なり)」という言葉が示すように、いかに早く閉塞した冠動脈の血流を再開させるかです。
再灌流療法の第一選択は、カテーテルを用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)です。太ももや手首の動脈から細い管(カテーテル)を挿入し、詰まった部位でバルーンを膨らませて血管を広げ、ステントという金属の筒を留置して血流を回復させます。病院のドアから再灌流までの時間(door to balloontime)は90分以内が推奨されています。
PCIが迅速に行えない場合は、血栓溶解薬による治療が選択されることもあります。静脈から薬剤を投与して血栓を溶かす方法で、病院到着から血栓溶解療法開始までの時間(door-to-needletime)を30~60分とすることが目標です。
薬物療法も重要な治療の柱です。抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレルなど)は血栓の再形成を防ぎ、β遮断薬は心臓の負担を軽減します。ACE阻害薬やARBは心臓の保護作用があり、スタチンはコレステロールを下げて動脈硬化の進行を抑制します。
急性期を脱した後は、心臓リハビリテーションが行われます。医師、理学療法士、看護師などのチームで、段階的に運動能力を回復させ、日常生活への復帰を支援します。心臓リハビリテーションは、体力回復だけでなく、再発予防にも重要な役割を果たします。
合併症への対応
心筋梗塞では、適切な治療を受けても様々な合併症が起こる可能性があります。
心不全は最も頻度の高い合併症で、心筋の壊死により心臓のポンプ機能が低下することで起こります。息切れやむくみが主な症状で、利尿薬や強心薬などで治療します。
不整脈も頻繁に見られる合併症です。特に心室細動という致命的な不整脈が起こると、心停止に至る危険があります。そのため、急性期は心電図モニターで常時監視し、必要に応じて抗不整脈薬や電気的除細動で対応します。
心原性ショックは、広範囲の心筋梗塞で心臓が全身に十分な血液を送れなくなる重篤な状態です。血圧が著しく低下し、多臓器不全に至ることもあります。大動脈内バルーンパンピングや体外式膜型人工肺(ECMO)などの機械的補助が必要になることもあります。
日常生活での予防と再発防止
心筋梗塞の予防と再発防止には、生活習慣の改善が不可欠です。
禁煙は最も重要な対策の一つです。禁煙により、心筋梗塞のリスクは1年で半減し、5年で非喫煙者とほぼ同等になるといわれています。受動喫煙も避ける必要があります。
食事療法では、塩分を1日6g未満に制限し、飽和脂肪酸を減らして不飽和脂肪酸を増やすことが推奨されます。野菜、果物、魚を中心とした食事を心がけ、食物繊維を十分に摂取することが大切です。地中海食や和食は心臓に優しい食事として知られています。
運動療法も重要です。週に3~5回、30分程度の有酸素運動(ウォーキング、水泳、サイクリングなど)を行うことで、心臓の機能を改善し、動脈硬化の進行を抑制できます。ただし、運動の強度や内容は医師と相談して決める必要があります。
血圧、血糖値、コレステロール値の管理も欠かせません。定期的に検査を受け、必要に応じて薬物療法を継続することが重要です。目標値は、血圧130/80mmHg未満、LDLコレステロール120mg/dL未満(再発予防では70mg/dL未満)、HbA1c7.0%未満です。
ストレス管理も大切です。過度のストレスは血圧上昇や不整脈の誘因となります。趣味や適度な休息、十分な睡眠を確保し、必要に応じてカウンセリングを受けることも考慮しましょう。
よくある質問への回答
心筋梗塞の既往がある方は再発リスクが高いのは事実ですが、適切な薬物療法の継続と生活習慣の改善により、リスクを大幅に減らすことができます。処方された薬を自己判断で中断せず、定期的な通院を続けることが重要です。
数日から数週間前に、労作時の胸の違和感、軽い胸痛、息切れなどの前駆症状が現れることがあります。これらは「不安定狭心症」と呼ばれる状態で、心筋梗塞の前段階です。このような症状があれば、早急に医療機関を受診してください。
適切な治療とリハビリテーションを受けることで、多くの患者さんが日常生活や仕事に復帰しています。ただし、心機能の程度により個人差があるため、医師と相談しながら段階的に活動を増やしていくことが大切です。
家族歴は確かにリスク要因の一つですが、遺伝だけで決まるわけではありません。生活習慣の改善と定期的な健康チェックにより、リスクを管理することが可能です。
15分以上続く強い胸痛、冷や汗を伴う胸痛、息苦しさを伴う胸の圧迫感がある場合は、迷わず救急車を呼んでください。「様子を見る」ことで治療が遅れ、取り返しのつかない結果になることがあります。
受診のタイミング
心筋梗塞は時間との勝負です。以下のような症状が起きた場合は、直ちに119番通報してください。
胸の中央に強い痛みや圧迫感が15分以上続く場合、冷や汗、吐き気、めまいを伴う胸痛がある場合、息苦しさが急に現れた場合は、心筋梗塞の可能性が高いため、救急車を呼ぶことが必要です。
また、軽い胸の違和感でも、繰り返し起こる場合や、運動時に必ず現れる場合は、狭心症の可能性があるため、早めに循環器内科を受診しましょう。
心筋梗塞は予防可能な病気です。リスク要因を理解し、生活習慣を改善することで、発症リスクを大幅に減らすことができます。また、症状を正しく理解し、早期に適切な治療を受けることで、命を救い、その後の生活の質を保つことができます。

仁川診療所
院長 横山 亮
(よこやま りょう)